【決定版】レオポルト・フォン・ランケを解説【近代歴史学の父】

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目次

レオポルト・フォン・ランケとは

影響力
作品
レオポルト・フォン・ランケとは?

レオポルト・フォン・ランケ(1795-1886)はドイツの歴史学者です。

近代歴史学を創始した人物とされており、「近代歴史学の父」や「歴史学の創始者」などと呼ばれています。

史料批判(文献史料に書いてある情報の真偽の検討)の技法を習熟させ、客観性の高い歴史叙述を目指しました。

経歴

出生~学生時代
1705年

ザクセン選帝侯国に生まれる。

ルター派の牧師の家系に生まれ、プロテスタントの影響を受けて育つ。

1809年

実家近くの修道院から名門シュールプフォルタに転校し、人文主義教育を受ける。

1814年

ライプツィヒ大学に入学。

神学と文献学を学ぶ。

博士論文では古代ギリシアの歴史家トゥキュディデスについて研究した。

とはいえ博士論文はあくまで文献学的研究であり、歴史研究ではなかった。

フリードリヒ・ギムナジウムの教員時代
1818年

フリードリヒ・ギムナジウムの上級教員となる。

歴史と古典語を担当した。

授業においては、概説書の使用を避け、原典にあたって授業準備を行った。

また、この頃に歴史研究を本格的に始める。

1824年

『ローマ的・ゲルマン的諸民族の歴史』と『近世歴史家批判』を発表する。

これらの作品が画期的な歴史書であると認められ、ベルリン大学から誘いが来る。

ベルリン大学の教員時代
1825年

ベルリン大学の員外教授となる。

これによってベルリン大学の王立図書館を本格的に利用できるようになり、原史料(実物の史料)を用いた研究を開始する。

1827年

『16、17世紀における南ヨーロッパの諸君主・諸民族』を発表する。

1829年

『セルビア革命史』を発表する。

「ドン・カルロス」、「列強論」、「政治対談」などの論文を執筆する。

1834年

ベルリン大学の正教授に就任する。

1834年~1836年

『ローマ教皇史』を執筆する。

1839年~1847年

『宗教改革時代のドイツ史』を執筆する。

1847年~1848年

『プロイセン史』を執筆する。

1852年~1861年

『十六、七世紀を中心とするフランス史』を執筆する。

晩年
1858年

バイエルン王立科学アカデミー歴史学委員会委員長に就任する。

1859年~1868年

『十七世紀を中心とするイギリス史』を執筆する。

1869年

『ヴァレンシュタイン史』を執筆する。

1871年

『七年戦争の起源について』を執筆する。

1871年~1872年

『ドイツ諸侯と君侯同盟』を執筆する。

1873年

バイエルン王立科学アカデミー歴史学委員会委員長を辞任する。

1874年

『プロイセン王国の発生』を執筆する。

1875年

『1791―92年の革命戦争の起源について』を執筆する。

1886年

死去する。

著作『世界史』が未完に終わる。

特徴

特徴

史料批判(文献史料に書いてある情報の真偽の検討)の技法を完成させ、近代歴史学を成立させた人物です。

それまでの歴史研究は正確性に問題があったため、ランケの功績はとても大きいです。

その功績から「近代歴史学の父」や「歴史学の創始者」とも称されます。

一次史料にあたって厳密な史料批判を行う手法は実証主義史学と呼ばれ、19世紀の歴史学の主流となりました。

また教育面では、ゼミナール形式の講義を歴史学に導入したことで知られ、数々の歴史学者を養成しました。

日本で歴史学を普及させたルートヴィヒ・リース(東京帝国大学に史学科を設置するなどの功績で知られるドイツの歴史学者)もランケ学派の人物であり、日本の歴史学もランケの影響を受けて成立しています。

またランケはとても多作であり、特定の国・人物・出来事についての作品を中心に数多くの著作を執筆しました。

さらに「国民」の枠組みを信奉しており、国民国家体制の成立を歴史の終局と考えていたところも印象的です。

批判

研究対象が政治分野に偏っており、出来事の相互関係や経済・社会構造の分析がおろそかになっている点が批判されています。

当時のドイツには社会史、憲制史、法制史、経済史などの研究がすでに存在していましたが、ランケはこれらの要素を取り入れることはありませんでした。

またランケの研究手法では、各時代の支配的な勢力が叙述の対象になりやすく、それ以外の勢力が叙述の対象となりにくいため、その点も批判されやすいです。

これらのランケの弱点は、経済学・社会学・地理学などの複数の学問を歴史学に統合して研究対象を拡大していくアナール学派の台頭などによって克服されていきます。

代表作

レオポルト・フォン・ランケの代表作は?

『ローマ的・ゲルマン的諸民族の歴史』と『近世歴史家批判』はよく知られています。

これは啓蒙主義の歴史観が主流となっていた当時としては画期的で、ランケが近代歴史学を成立させていく布石となった作品です。

またランケの歴史観を知ることができる『世界史概観』も注目すべき作品です。

ローマ的・ゲルマン的諸民族の歴史

『ローマ的・ゲルマン的諸民族の歴史』は、1824年に発表されたレオポルト・フォン・ランケの作品です。

ランケが書いた歴史書の中では、最も古いものとなります。

歴史的事実を正確に叙述しようとする姿勢がすでに確立されおり、後述の『近世歴史家批判』と併せて歴史研究の新たな手法(実証主義史学)を提示した画期的な作品となっています。

その功績は大きく、ベルリン大学の教授となるきっかけとなった作品でもあります。¹

近世歴史家批判

『近世歴史家批判』は、1824年に発表されたレオポルト・フォン・ランケの作品です。

これは前述の『ローマ的・ゲルマン的諸民族の歴史』の附録にあたる作品です。

過去を裁いて未来の教訓を得ようとする当時の歴史観を否定し、「単にそれがどうであったか」を客観的に叙述することを提言しました。

『ローマ的・ゲルマン的諸民族の歴史』と併せて近代歴史学の成立に貢献しました。

世界史概観

『世界史概観』は、1854年に発表されたレオポルト・フォン・ランケの作品です。

この作品は、バイエルン国王マクシミリアン2世のために行われた講義をまとめたものです。

ヨーロッパの歴史をいくつかの段階に分け、各段階の特徴を論じました。

またヨーロッパ以外の地域を低く評価しており、多くの地域は「今なお未開状態にある」としました。

おわりに

レオポルト・フォン・ランケは、当サイトの「有名な歴史学者7選」に選出されています。

歴史学者の有名人をまとめて知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。


参考文献・註

ランケ『世界史概観』鈴木成高・相原信作訳,岩波書店,1941.
フリードリヒ・マイネッケ『ランケとブルクハルト』中山治一・岸田達也訳,創文社,1960.
H.-U.ヴェーラー編『ドイツの歴史家 第1巻』ドイツ現代史研究会訳,未来社,1982
西村貞二『ブルクハルト 人と思想 97』清水書院,1991.
岡崎勝世『世界史とヨーロッパ ヘロドトスからウォーラーステインまで』講談社,2003
佐藤真一『ヨーロッパ史学史』知泉書館,2009.
ヘイドン・ホワイト『メタヒストリー―十九世紀ヨーロッパにおける歴史的想像力』岩崎稔監修,作品社,2017.


¹岡崎勝世『世界史とヨーロッパ ヘロドトスからウォーラーステインまで』講談社,2003

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この記事を書いた人

■慶應義塾大学文学部日本史学専攻卒
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